当時はパイオニアの技術者だった祖父
戦後の混乱期から抜け出し、自動車産業に脚光が浴びていた頃、もともと板金職人だった祖父は当時国産の自動車メーカーだった太田自動車の下請け工場として、大勢の従業員を抱えて自動車の製作をしていました。またその傍ら、遊園地のゴーカートの製作なども手掛けていました。
まだまだ江東区に自動車の技術者が少なかった時代、当社から多くの技術者が独立開業者として巣立っていき、現在の江東区に限らず全国で板金工場を営む方の中には 祖父のお弟子さんや兄弟弟子の方が、いまだ数多く残って活躍されておられます。
そんな我が社も太田自動車の解散とともに業態変革を迫られ、父の代からは車の板金工場として再出発し、現在に至っています。
板金職人としての誇りと約束
代々車屋の我が家では、幼い頃の私のおもちゃは父の手作りの大きな車でした。
当然のごとく私も車好きに育ち、いまでも車をいじっていると時間を忘れて熱中します。
よって仕事や車には愛情込めます。がさつな作業は許せません。
安かろう、悪かろう的な作業では、結局は二度手間でお客様の費用負担になるんです。
またちょっとしたキズでもすぐに部品交換という風潮も馴染めません。
そんなことしたら、修理費はかさむし、廃棄物は出るし、下取りの際に影響がでるし、何にもいいことないのですから・・・
私はプロの板金職人です。
だから直せるものは基本的には叩いて直します。
細部にまで至る仕上がりの違いは、一度経験していただければ一目瞭然です。しかも条件によっては安いし早い!
困っている人を見たら、助けてあげたくなる。
喜んで欲しくなる。
だから私は、これからも高品質な仕事を下町安心価格でご提供し、お客様に喜んでいただける仕事をして行きます。
それが、板金職人としての誇りと約束です。
有限会社 深川自動車ボデー工業所 代表取締役 三代目社長高野 広宣